日々是、徒然に愚問自答

生来の小心者なのか、単に暇なのか、、、、日々悶々と悩みや疑問が浮かびます。しかしながらその大半は取るに足らないことで、人様の貴重なお知恵と時間を拝借するのもはばかれます。そのため、自ら産んだ愚問には自ら答えて始末をつけようという試みです。通勤電車等でご賞味くださいませ。

愚問小説「天職にいちばん近い島⑩マナブは学ぶ 後編」

(前編について)

うつから復職後、自分と他者との適切な距離をとれることで順調に復帰できた僕は、3カ月前から人事部へ異動し、人材育成担当となった。
僕の近況を喜ぶケイコさんに、『復帰する力』について話そうと思ったのだった…。

 

「人事で人材育成を担当することになってから、これをやりたいって考えていたことなんですけど…」

「何々?聞きたい」

 

ケイコさんは興味を持ってくれたようだ。

 

「仕事をしていると、年齢、職種、頭の良さ、性格に限らず、誰でも僕のようにうつになることってあると思うんです。
 でもみんなダウンするまでは『自分は大丈夫』って、他人事なんですよね。
 だから、僕は自分の経験を活かして『壁にあたったときに復帰できるしなやかな力』…みたいなものを、働く人が持てれば、世の中は明るくなると思うんです」

「うん、そうだね。まったく傷つかないことはないから、立ち直れることが大事なんだろうね」

「自分が復職した経験から何が効果的かな…って考えて、
 結局は自分の心の中の、ものごとの捉え方、人からの言葉の受け止め方、
 そこにある歪みを直すことが大事だと思ったんです」

「認知の歪みってことね。確かにうつ病治療に認知行動療法があるように、それを予防として使う…っていうイメージなのかな?」

「そうなんです。
 捉え方・受け止め方の見直しは定期的にやった方が良いと思っていて、僕は『セルフ・オンボーディング』って名前を付けました」

「…『セルフ・オンボーディング』?」

「人事に入ってから知った言葉なんですが、採用した人の導入教育を『オンボーディング』って呼んだりするんです。
 知識のインプットという役割もありますが、新しい環境で慣れるための気持ちの入れ替えの役割もあるんです。
 その、気持ちの入れ替えを自主的に、しかも定期的にやる…というのが『セルフ・オンボーディング』です。
(※筆者注:以降は医療・治療行為)

 

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変化って、異動や転職といった『環境の変化』だけでなく、
周りの人が替わることによる『関係の変化』もあると思うんです。

上司が変わることもあれば、社内の人は変わらなくてもお客さん側で担当替えがあればそれも『関係変化』なんですよね。

自分では意識していないうちに関係変化は起こっていて、ストレスや違和感が積もり、あるときドーンっと爆発しちゃう...。

それを防ぐには定期的に物事の捉え方や受け止め方を見直すことが大事で、

・ストレスや違和感を棚卸しして、

・自分の思い込みがないかを確認し、

・思い込みを除いてみる..

ということをするだけで、自分の心が整うし、そうすることで人間関係も良い状態が保てると思うんです。

『セルフ・オンボーディング』は自分自身の環境変化はなくても、関係変化に気づいて自分で気持ちを入れ替えることを指すのです。

 

・・・って、ちょっと話長かったですね。すみません。
料理いただきましょうか」

 

僕がそういうと、ケイコさんも「そうね」といって、お箸を手にした。

 

「マナブくんのいう『セルフ・オンボーディング』って、その通りだと思うな。
 わたしが人材紹介でお手伝いするなかでも、転職先でオンボーディング教育を受けて新しい職場に馴染めたっていう人は多いけど、本当は『自分はこの職場が長いんだ』って思う人の方が心を整えることが必要なんだろうね」

「そうなんです。だからうちの会社で人材育成の一環としてこの『セルフ・オンボーディング』をメニューにできないかなって思っているんです」

 

僕がそういうと、ケイコさんはグラスの中のワインを飲み、

 

「それすごくいい!
 マナブくん、それをコンテンツにして教育会社を起業したら?
 きっとうまくいくと思う!」

と言ってきたので、僕は思わず飲んでいたお酒が気管に入りそうになり、むせてしまった。

 

「(ゼイゼイ...)いやー、起業なんて、そんな。。」

 

僕がそういうと、ケイコさんはグッと少しだけ僕に近付いた。

 

「ううん。本当に良いと思うよ。
 マナブくんの今いる会社の人がストレスのない生活を送れるようにするのもとても良いことだけど、マナブくんの考えていることはもっと多くの人を救うと思うな」

「...そ、そうですかね」

「ホント。マナブくんが本当に起業するなら、わたしも今の会社辞めてお手伝いしようかな!」

 

もう一度お酒が気管に入りそうになった。

ケイコさんと一緒に起業?!

 

うーん....それはそれでとても楽しいかも・・・。

そうであれば、公私ともにしたパートナーとして、いっそ結婚するのも...。

 

と、頭の中でそんな妄想をしながら、天国のように楽しい夜は続いていく...。

 

【Season1 おわり】