愚問自答「"ハシゴ外し"はなぜ起こるのか?」
本を読んでいたら「ハシゴを外された気分だ」みたいな文が出てきて、僕自身はそこまでの経験はないけど、
壮年ビジネスパーソンは、そこそこの確率でこの"ハシゴ外し"を受けているようですね。
そこで本日の愚問自答は「"ハシゴ外し"はなぜ起こるのか?」を悶々と考えてみます。
一般的に"ハシゴ外し"と呼ばれる事象を噛み砕くと、以下のような状況と言えそうです。
「上位者の指揮命令により取り組んだが、状態が芳しくなくなると、当の上位者が手の平を返したように自分に対して非協力、無関与、ときには非難をするような状況」
これはなかなか酷いですね。
この状況について、上位者の視点(外した側)と被害者の視点(外された側)の双方からクドクドと考えてみましょう。
1.上位者の視点(外した側)
有力な説としては「自己防衛」が考えられます。
「オレ/わたしは関係ないよ!そんな指示してないよ!」
「オレ/わたしはしっかり指示したけど、部下が理解していなかったようで…」
といった心理でしょうね。
大変卑怯なものですが、誰しも自分可愛さで自己防衛に走るところはあるので、克己心の不足によるものと考えます。
もう一つの説で「本気で自分に非がないと思っている/指示したことを覚えていない」というものもあります。
にわかには信じられないことですが、これも一定程度あるようです。
ここまで行くと、脳内構造や根本的な性格の問題なので諦めるしかなさそうです(つまり一緒に働かない方が良い)。
シンプルな対策として、「文字として残す」があります。
個人的な所感で、一部業種や40代以上でメールで残すことを嫌う人種がいますが、そういう方々は「やましさ」を「大人の作法」と勘違いしているため、ハシゴ外しを回避したいナイスミドルとしては関わらないのが得策そうです。
2.被害者の視点(外された側)
個人的に興味深いのはこっちの視点です。
はて、どうして「外された〜!」と思う事態になるのか。
一つにはとても純粋ということが考えられます。
いや、純粋なこと自体は非常に良いことですが、「まぁ、人間最後は自分可愛さよ」くらいの心構えを持った方が良いかもしれません。
もう一つは、相手に対して過度な期待を抱いている可能性があります。
往々に上位者というのは「ざっくり」としか考えないで指示を出す傾向にあるため、あまり責任感もないかもしれません。
まして、昨今は上位者自身が自分では出来ない仕事を部下に指示せざるを得ない状況もあり、困った時は上位者が援護してくれるというのはいささか過度な期待かもしれません。
かたや階下にあるハシゴ、かたや上から垂らした糸と、物理的構図は真逆ですが、状況は似たようなものです。
(筆者は元文学青年のため「蜘蛛の糸」の話だけで2時間くらい話せてしまいますが、一旦落ち着きます。)
本作でお釈迦様の心境をどう捉えるかがポイントですが、僕としては大いなる気まぐれと解釈しています。
「あー、やっぱりこいつダメだわー。ちょっと期待したのが間違いだったわ。やーめたっ!ブツン!」
という心境でしょうか。
あくまで僕の解釈ですが、この話では、カンダタもカンダタですし、お釈迦様もお釈迦様ですね。
地獄には落ちない方が良いですね。
結論:
カンダタとお釈迦様の関係と比較すれば、現代社会の"ハシゴ外し"はまだマシなのかもしれません。