愚問自答「『就社ではなく就職』が難しいのはなぜか?」
昨今の状況に鑑みると、意味があるのか疑問ではありますが、就職活動(企業からすれば採用活動)の解禁(漁猟じゃないんだから...)が6月ということで、就活関連記事を見かけることが増えました。
そのなかで一定割合あるのが、『就社ではなく就職をしよう』というもの。
つまり、『会社で喰っていくのではなく、自分の手についた職業・職能で喰っていく』という論です。
この言葉、調べてみると20年くらい使われており※、内容も本質的であるため今や一般的な正論になりつつあります。
(※ネットでサッと調べたら2002年の記事までは見つかりました)
僕も新卒で入った会社をDIO様並みに「俺は会社をやめるぞぉ~」と辞めたときは、御多分に漏れず『これからは就職だ!』と熱く思ったものです。
ただ、ナイスミドルになると「いやいや...職業・職能にコミットするって難しいよ」と思ってきたので、愚問自答してみます。
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確かに『会社に就く』より『職業/職能に就く』の方がポータビリティが高いため現代的です。
ただ、僕個人の経験から言えば、以下2つの側面から『職業/職能は滑らかに変形』し、それが就職の難しさの要因と思っています。
1.時代に応じて新たな職業・職能が生まれる
モノの記事を読むと、AIエンジニア、セキュリティスペシャリスト、データサイエンティスト、デザインシンカー…と言った職業が世界的に需要が高いらしいです。
こういう仕事は20年前にはホワッツ?、というか存在していなかったと思いますが、それがここ数年でキラキラになった、言わば『爆誕系職業』です。
いまや市民権を得たコンサルタントというのも、30年前には爆誕系的に見られていたことでしょう。
爆誕系は、「なるぞ!」と心に誓って就くのではなく、「何となく人とちょっと違うことをしていたら、その仕事に一般名詞がついた」というのが正しい表現と思います。
そんな感じで時代に応じて新たな職業・職能が爆誕するため、海賊王のように「俺はなる!」と、学校を卒業する段階で決め打ちして『就職』しづらいのが現状と思います。
なお『喰っていく』という観点での余談ですが、爆誕系職業は第1~第3世代くらいまでは給料も爆高です(話題になりましたが新卒で1,000万円とか)。
ただ就職ランキングで上位に出てくるあたりから『コモディティ化』し始め、給料はそれなりに維持されますが、その分、使い倒されストレスが多くなる傾向にあります。
30年前の爆誕系職業であるコンサルタントはもう第何世代か不明ですが、5年くらい前からコモディティが混ざりはじめた臭いがします(もちろん、ホンモノで優秀な方も多いです)。
2.自分の興味や強みがジワジワと変わる
僕自身がそうなのですが、『気付いたら主たる職能が変わっていた』ということがあります。
例えば、僕の場合...
メーカの人事→戦略コンサル→人事コンサル→政策研究→メーカの事業企画
と意味不明な職業遍歴ですが、別に最初から予定していたわけでないです。
いつも『そろそろ他のことしようかな』と漠然と思って職探しや異動先探しをしており、正直、計画性は皆無です(こんな体たらくなのにキャリアの最初が人事というのが我ながら味わい深い)。
こういうことを言うと、たまに『器用貧乏』『信念がないのか』『遠回しの自慢か』と大変暖かい言葉をかけていただくのですが、個人的には結構な悩みで、
「できることなら1つのことに打ち込みたかった...」
と、人知れず悩んでいるのです。
ただ、どうしても興味の移り変わりには抗えないのも事実で、おそらく今後も興味と直感の赴くままに、人材要件の扉をこじ開けてキャリアチェンジしていくことでしょう、多分。
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結局、僕は就社にも就職にも向いていないのだと思います。
そういう人間がコミットするのは己になるため、『就己』とでも言いましょうか。
(『仕事でなく志事』みたいな臭いを感じますが...)
結論;
なぜ難しいかは、自分に素直すぎるから。
愚問小説「天職にいちばん近い島⑧悩まないためには?」
「それは良かったじゃない。顔つきも明るくなったと思うよ」
6月最初の日曜日、中野のカフェ。
向かいに座るケイコさんが嬉しそうに笑ってくれる。
昨日、クリニックの定期診察で先生に最近考えていること________________
心がモヤモヤしたら自分のおかれている状況を客観的に整理すると『自分が悪いわけではない』と思えてきて気持ちが軽くなること
を話してみたところ、先生から『快復してきているので7月から職場復帰できるよう準備していこう』ということを言われた。
そのことをケイコさんに伝えたら喜んでくれた________________という状況だ。
「ありがとうございます。
僕がこうやって状況整理できるようになったのは、前にケイコさんがノートに書いてくれたことをマネしてみたからなんですよ」
「えー、そう言ってもらえると嬉しいな。
でもそれはマナブくん自身の考える力がすごいからだと思うよ」
こうやって終始ニコニコと話ができることがとても幸せだ。
休職始めの4月、いつも心がドンヨリと曇っていた頃と比較すると全然違う。
あまり楽観視するのもよくないが、いまは休職前より精神的には元気で落ち着いている気がする。
ただし、快復して復職が見えてきたからこそ『復職後にまたストレスがたまったらどうしよう』という不安もある。
ケイコさんに社会人の先輩としての意見を聞いてみる。
「ストレスね...。
確かにわたしも投資銀行(証券会社)勤務だったときは、とんでもないストレスを抱えてたな...。
ただ、わたしの場合は労働時間の長さと上司からのプレッシャーがストレスだったけど『いまの案件が終われば解放される』っていう感じだったな。
だから強いけど原因が分かりやすくて過ぎ去るのも速いストレスだったと思う」
「強いけど原因が分かりやすくて過ぎ去るのも速い...。
その整理の仕方、いいですね。
そうしたら僕が感じていたのは、弱いけど原因が分からなくて長い期間で積もったストレスと言えそうです」
「マナブくんの話を聞くと、そうかもね。
わたしが受けた強いストレスの場合、短期的には『我慢してやり過ごす』で対処するうちに慣れてくるんだけど、ある日『この仕事はオカシイ!』って思って辞めちゃう...って感じかな。よく辞めた同僚から『人間の生活を取り戻せたよ』ってメールきてたしね笑」
「それも壮絶ですね...。
原因の分からないストレスの場合、短期的にはストレスと気付かないけど、ある日積もり積もった雪だるまのようなストレスに心と体が押し潰される...って言えそうだな。
うーん、整理するとこんな感じかな......?」
そう言って僕はノートに書いてみる。
最近は思い付いたことを書き出せるよう、家でも外でもノートを手元においている。
「どれどれ…。
うん、そうだね。マナブくんが書いてくれたとおりだね」
ケイコさんがノートを覗こうとふいに顔を近づけてきたので、ちょっとドキッとした。
「あ、ありがとうございます…」
そんな僕の心境を知る由もなく、ケイコさんはノートの方を見て話し始める。
「わたしもカウンセラーの資格があるわけじゃないから専門的なことは分からないけど、多分わたしが居たようなプレッシャー系ストレスばかりの職場って珍しいと思うんだ。
多くの人は雪だるま系のストレスを気付かないうちに溜めているんだと思うよ。
だから雪だるま系の原因で書いている『相性・考え方の違いなど、人によって 受け止め方が違うもの』や、対応策で書いている『原因を特定して受け止め方を変える』っていうのはホント大事だよね」
「僕も今回、自分のこともあって色々考えてみたんですけど…...
職場で『明らかな悪者』ってそう滅多に居ないんだけど、
『合わない人』『違和感のあるコミュニケーション』っていうのは結構あって、
でもそれを言い出しづらい雰囲気にあるから雪だるま式に積もり積もる……
って思うんです。
だから『自分の受け止め方を変えることでしか解決できない』とも言えるし、
逆に、『受け止め方を変えるだけで、ゆっくり確実に雪解けができる』とも言える
んじゃないかな」
ここまで言って向かいのケイコさんを見ると、僕の方をジッとみている。
「マナブくん…」
僕はまたもやドキッとし、気恥ずかしくなった。
「すごくいいと思う!
マナブくんは営業に自信がなかったって言ってたけど、いまみたいにじっくり丁寧に整理して相手に伝えれば、きっとお客さんに伝わると思うよ!」
「そ、そうですか…?!
そんな風に考えてなかったけど…、そう言われると嬉しいですね…」
「前にメールで送った『ニーズ把握』と『論理的思考』がマナブくんの強みなのかもね。
だから、マナブくんはその強みを営業で活かせばいいと思うし、事務職やコンサルとかも向いているかもね!」
突然そう言われて驚く。
「いや…そんなにすごいとは思わないですけど。。
だってニーズ把握って言っても、いま書いた表も、自分の悩みを整理しただけでお客さんのニーズを聞いたわけじゃないし…」
「自分の悩みを整理できるっていうには客観的な視点を持っているってことで、それはお客さんのニーズを正しく理解するときにも同じだと思うよ」
力強くケイコさんに励まされ(?)、そんなものかと思ってくる。
「何だか復職するのが不安じゃなくなってきた…というか、色々と試してみたくなりました!」
「マナブくんがそう思ってくれてよかった!」
そうなのだ。
多分、働く上でストレスをまったく感じないということは難しいだろう。
特に新しい環境に身を置いたときは誰しもストレスを感じるはずだ。
そういうときには、一度自分の置かれている状況を客観的に見て、
・ストレスのタイプを見分ける(プレッシャー か 雪だるま)
・それぞれの対応策をとる
ということをすれば、悩みは少なくなるはず。
少なくとも「ストレスへの対処が分からなくて悩む」という、深刻な状況はやわらぐと思う。
いまは僕自身が快復途中だけど、いつかこのことを誰かにアドバイスして、
悩める人を一人でも少なくできたらいいな
僕の中に初めて、仕事での『夢』『目標』の火が灯った気がした。
愚問小説「天職にいちばん近い島⑦仕事はドラマチックであるべきか?【後編】」
(前編の概要)
ある日曜日、僕は高校時代の友人である堂田から、大企業⇒ベンチャー(当人曰くスタートアップ)への転職報告を受けた。そのときの「ドラマチックな人生がいい」という堂田の言葉にモヤモヤした僕は、ケイコさんに質問してみようと思ったのだが…
https://piropiro2000.hatenablog.com/entry/2020/05/24/104618
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時計の針は午後8時を指していた。
日曜の夜。
数カ月前の僕だったら翌日からの一週間が憂うつで仕方がなかっただろう。
いまは休職中のため、そういった胸を突き刺すような憂うつはないが、一方で『いつ自分は以前のように働けるようになるのだろうか』というヌメリとした重たい不安を感じる。
今日の昼に思った疑問をもとに、ひととおりケイコさん宛のメールを書き終えた後、僕は送信ボタンを押すのを迷ってしまった。
というのも、書いたメールを読み直すと、うつで休職中の僕がキャリアアップする堂田に嫉妬しているように見えて、なんだか自分がすごくイヤな人間に思えたからだ。
また、僕が質問すればケイコさんが答えてくれることに、甘えている気もする。
第一、彼女は明日から仕事なのだ。リラックスしたいだろう。
僕はメールの下書きを削除し、ノートとペンを取り出した。
僕のモヤモヤはどこから来たのだろう。
おそらく一般的な感覚としても、ベンチャーやスタートアップの方が大企業より仕事がドラマチックな気がする。
これは『事業や仕事内容の変化が大きい』ということだろう。
急成長することもあればいきなり倒産することもある。今やっている仕事が数カ月後には事業をたたんでいて、違う仕事を担当している可能性もある。
僕はノートに線を引っぱって『事業や仕事内容の変化 大⇔小』という横軸を描いてみた。
ただ、それだけだろうか。
逆に言えば、『事業や仕事内容がそれほど変わらない会社にドラマはないか?』ということである。
これについて『ある』と思うのだが、それが何だかハッキリとしない。
『働く』ということは、事業や仕事内容だけか…。。。
いや、もう一つ大事な要素があった。
むしろこっちの方が大切という人もいるかもしれない。
そう、『職場の人間関係』だ。
そこで僕は『人間関係の変化 大⇔小』という縦軸を描き足した。
うん、なんだかケイコさんが書く図のようになってきた。
自分で書いた図を眺めながら、考えを深掘りしてみる。
うん。縦軸の人間関係というのは仕事のドラマ性においては重要そうだ。
例えば左上のように、仕事の中身は変わらなくても上司や同僚が半年や1年ごとに変わるなら、それは1つのドラマだろう。こういう会社は人が変わっても仕事が回るようにできていて、逆に人間関係の要素が職場でのドラマ性に大きく影響しそうだ。
一方、右下のように、人間関係は変わらないけど安定期な売上がないため毎年・毎月頑張る!という場合もある。こういう会社は皆で結束することがドラマチックなのだろう。
左下のような仕事・人間関係ともに変わらない…という組織もあるだろう。こういう場合は、変化が少なくてほのぼのとしてそうだ。
そして右上、おそらく堂田の転職先のようなベンチャー・スタートアップはこのタイプだろう。事業がすごいスピードで成長して、人の出入りも激しい。むしろ、人が出たり入ったりしながら仕事内容がどんどん変わっている、という感じだろうか。
ここまで考えてみると、左下を除けば大体の場合において何かしらドラマチックな出来事はありそうだ。
堂田の場合は左上から右上への転職と言えるだろう。すると、決してドラマ性の有無というより、『好み』の問題だ。
そうだ。
仕事でどんなドラマ性を求めるか…、もっと言えばドラマを求めるかも含めて、すべては好みであり良し悪しではない。
そう考えると、僕は決して右上のような大きな変化を望むような性格ではない。
いま僕がいる会社は規模が大きいので採用・異動でそれなりに人の出入りはある。
一方で、機械を売る、という事業は創業から何十年経っても変わらず、おそらく左上のタイプと言えそうだ。
僕は『自分が仕事ができないから、上司や先輩といまいち打ち解けられていない』と思っていたが、上司や先輩もいずれ異動するのだからこの世の終わりのように考えなくてもいいのだ、と思えてきた。
あと、仕事に関する好みや考え方は自分と違うけれど、新しいチャレンジをする堂田も応援しようという、素直な気持ちになった。
これは好みの問題であって優劣や嫉妬ではない。対等な関係からの応援だ。
ノートに色々書いているうちに心が落ち着いてきた。
こうやって、心のモヤモヤに対して客観的に自分の立ち位置を整理する、ということができれば、会社に戻ってからも不安やストレスに押し潰されることは少なくなると思えてきた。
来週、クリニックに行くから先生に今日の気付きを話してみよう。
そして、ケイコさんにもこの話をしてみよう。
その夜、僕はかなり久しぶりに心から穏やかな気持ちで眠れた。
愚問小説「天職にいちばん近い島⑥仕事はドラマチックであるべきか?【前編】」
「……そういうわけでさ、新しい一歩を踏み出すわけだな」
そう言って向かいの席に座った堂田(どうだ)が熱の入った話に一区切りつける。
日曜昼下がり。入ったときは空いていたカフェも、気付くと混み合ってきた。
堂田は高校のクラスメイト。
当時はそれほど仲が良かったわけではないが、彼が就職を機に東京へ上京したのをきっかけに連絡をとり、たまに会って話をしている。
今日は堂田から「話したいことがあって」とメッセージがきて、4か月ぶりに会った。
いつもなら夜に会って飲んだりもするのだが、僕が薬を飲んでいるためアルコールは控え、昼ごはんを食べることにした。
堂田の『話したいこと』というのは、転職の報告だった。
堂田は新卒で大手の携帯電話会社(通信キャリア)に入り、アプリやサービスを企画する仕事をしていた。
聞くとCMやネット広告でも紹介されているかなり有名なサービスで、数百万人が登録しているサービスも彼が関わっているとのこと。
僕の仕事は、日用品の容器(パッケージ)を作るための大きな機械をメーカさんに営業していて、一般的に知られることはなく、当然CMに出ることもない。
僕からすれば堂田はとても華々しい世界にいて、一体何の不満があるのだろう…と思うのだが…。
「やりがいっていうのかなぁ。
確かにユーザが増えて、自分の仕事が人の生活を楽しくしたり便利にしているって感じるときもあるし、それ自体は嬉しいっていえばそうなんだけどさ。
結局、デカい会社だと俺って歯車の1つなんだよね。正直、俺より優秀なやつなんてたくさんいるし、俺じゃなくても誰かがやれば俺と同じかそれ以上のものが作れるんだよね。
もっと自分がいることの意味を感じられるところで働きたくてさ...」
そんな想いで、7月からベンチャー、いや『スタートアップ』で働き始めるらしい。(僕が『ベンチャー』というと堂田から『スタートアップね』と都度訂正される)
新天地の会社は、設立して1年4ヶ月。スマートフォン向けアプリ・サービスを開発していて、堂田がいまの仕事で付き合いがあり、社長を始めたとした社員の雰囲気に心底惚れたということだ。
堂田で社員6人目ということで、本当にこれから成長して行く...という感じだ。
堂田はその会社でサービス企画と営業を担当するらしい。
「例えば、ヘルスケアとか食とか、今もある程度サービスはあるけど、まだまだデジタル化ができる分野ってあると思うんだ。
そういうところで、本当にお客さんに刺さるサービスを作っていきたいんだよね」
そう熱く語る堂田の話を、僕はうなずいて聞いていた。
堂田は身ぶり手ぶりを加えて話を続ける。
「大企業だと会社全体としては世の中に影響力があるのは認めるよ。それに安定してるから将来計画も立てやすいよな。
だけど俺らまだ24,5歳じゃん。俺はそんな平坦じゃなくてもっとドラマチックな人生を送りたいんだよ」
年齢まで出されてそう言われると何となく肯定するしかない気になる。
確かに、やりたいことができるのは良いことだし、それができるチャンスが目の前にあるなら積極的につかんだ方が良いと思う。
堂田の主張はケイコさんが話してくれた『仕事の成果における自分の決定の割合』を増やしたい(左上から左下に行く)ということだから、納得はいく。
(「④なぜ行き詰まるのか?」より)
https://blog.hatena.ne.jp/piropiro2000/piropiro2000.hatenablog.com/editentry=26006613568004957
また業種は違えど、大きな会社でサラリーマン(ビジネスパーソンでなく)をしている身として、気持ちもわからないでもない。
だけど...。
なんだかモヤモヤとした気になる。
『その挑戦は本当に大企業ではできないのか?』という気にもなる。
もう少し言うと、『大企業は退屈、ベンチャー・スタートアップはドラマチック』という図式も少し極端だし単純化しすぎな気もする。
いや、それだと僕が新しいチャレンジに挑む堂田に嫉妬しているようだな...。
むしろ僕のモヤモヤの本質は『仕事はドラマチックであるべきか?』というところにあるのかもしれない。
僕も就職活動や新入社員の頃はそう思っていただろう。
最初は苦労もするけど、諦めず努力したり周りの助けも得られて最後は報われる...。
そんな自分が主人公の仕事ドラマをぼんやりと想像していた。
でも...現実の僕は、ドラマで言えば第2話でつまずき、出演シーンがなくなってしまったような状態だ。
ドラマの山場に入るより全然手前で戦線離脱。
カメラの回っていない場面で一人生きていかなくてはいけないこともある...。
残念ながらそれが僕にとっての現実なのだ。
もちろん新たな門出に水を差すつもりはない。
僕のモヤモヤとした気持ちは出さず、堂田にはお祝いと激励の言葉をかけた。
カフェを出て、駅の改札で別れる。
堂田の足取りは軽やかだ。
「自分も健康だったら堂田の話に元気をもらい、ベンチャー・スタートアップへのチャレンジを考えて生き生きとしていたのかもしれないな」
そんなことを思ってもどうしようもない。虚しくなるだけだ。
ケイコさんからは昨日メールをしたばかりだけど、今日浮かんだモヤモヤ
『仕事はドラマチックであるべきか?』
について、ケイコさんの意見を聞けば、いまの僕の胸の苦しみが晴れるだろうか?
電車の窓から外の景色を眺め、そんなことを思った。
愚問小説「天職にいちばん近い島⑤『得意なこと・好きなこと』を作るには?」
5月も下旬になると初夏を越して『夏』と呼べるほどの気温が続くようになる。
今日東京は最高気温が28°になるらしい。まだ梅雨の気配はなく、湿度が低いことがせめてもの救いだ。
土曜日の午前11時。クリニックでの診察を終え、駅前の商店街を歩く。
こうして街を歩けるのだから、3月に比べれば2ヶ月で随分良くなったと思う。
とはいえまだ抗不安剤を何種類か服用しなくてはいけないので、長い道のりになりそうだ。
目の前の危機を越えたことへの安心感と、少し先を見越した不安の両方を抱える。
なんとも複雑な気持ちだが、一歩一歩進んでいくしかない。
10年ぶりに再会したのが3週間前。
そのときケイコさんから教わったことで、自分自身の状況をかなり冷静に整理できた。
1. ストレスの根本的な原因は『自分の決定』の少なさ
2. 『自分の決定』を大きくするには得意なこと・好きなことを仕事にする
3. 過去の選択について公開しそうだけど、それは誰でも同じ
このうち、1と3は自分の心の持ちようなので実行に移しやすい。
難しいのは2だ。
社会人経験2年の僕には、得意なこと・好きなことが固まっていない。
でも、逆に言えば、まだ可能性があるとも言える。
そのため、これから『得意・好きなことを計画的に築いていくこと』が大事なのだと思う。
もちろん『考える前に行動して、結果的に後から身に付くもの』という考えもあるのだろうが、僕は一度体を崩しているため一度じっくり考えてから行動に移したい。
そんな考えをケイコさんにメッセージで送ったのが昨晩。
帰宅前にカフェでアイスコーヒーを飲んでいると、ちょうど返事が来た。
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マナブくん
連絡ありがとう。
わたしの話を真摯に聞いて丁寧に考えてくれたようで、嬉しいです。
『得意なこと・好きなこと』をどう築くか...という質問もありがとう。
確かに、難しいことだよね。
わたしも前の会社で財務分析をしていたから『得意なこと=財務分析』になるんだろうけど、それは仕事で必要に迫られて身に付いたという感じで、計画的だったわけではないです。
でも、今の仕事で転職のお手伝いをするなかで気付いたことがいくつかあるので、今日はそれを書くね。
まず、『得意なこと・好きなこと』は経験を通じて築かれるということ。
転職する人は職務経歴書を書くんだけど、これは『自分はどのような経験をしてきて、何ができるか』を示すものです。
つまり、採用では『経験は得意・好きの証拠』になっているの。
その上でのもう1つのポイントは、『何を経験するかは自分で選べる』ということ。
もちろん『たまたま配属された仕事を経験する』という考えもあるけど、わたしに相談にくる人たちは自分で何を経験したいか計画しているようです。
じゃあ、どんな経験を積めばいいんだろう?って疑問が浮かぶしれないけど、基本的には自分で決めることだと思います。
ただ、自分で何を決めるにもヒントが必要だと思うので、わたしは20代の転職希望者には以下の図で説明するね。
ちょっと複雑だけど、世の中の仕事を大まかに分類すると上の図のようになります。
色つきの四角や丸は職種を指しています。
左上:サービス職・・・店・施設でのサービス提供者・営業職
右上:IT・コンサル職・・・システムエンジニア・コンサルタント
左下:技能専門職・・・職人・技士
右下:技術専門職・・・研究開発者
中央:事務職・・・総務・経理・調達など管理業務者
そして白い角丸四角はそれぞれの職種で必要なスキルです。
これらの職種に貴賤や優劣はなく、自分がやりたいことや苦でないことをできていれば良いと思うの。
ただ、20代前半~中盤で自分の『得意なこと・好きなこと』を改めて考える場合、私は『上のサービス職、IT・コンサル職』に身を置くことを勧めています。
理由は『途中から始めやすくて、個人のやり方・工夫が尊重されやすい』から。
下の専門職は名前のとおり専門知識が必要なのと、ある程度決まった法律・規則・定理に従うために習得に時間が必要なので、途中からの職種替えにはあまりお勧めしていません。
マナブくんは営業をしているということだったので、左上のサービス職に該当するんだけど、営業スキルを長く磨けば他社の営業としても活躍できる『得意なこと』になると思うよ。
もし『営業は好きではない』ということであれば、『ニーズ把握』を磨いて『IT・コンサル職』や『事務職』にキャリアチェンジするのも1つの選択肢と思います。
それぞれの職種で働き方や業界が違うため、細かくは今度会ったときに(興味があれば)説明するね。
マナブくんの疑問に答えられていれば幸いです。
それでは体調に気を付けて。今度はお昼でも食べようね!
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ケイコさん、仕事でもない僕の質問にここまで丁寧に回答してくれて…本当にありがたいし、なんか負担をかけてしまって申し訳ない気もしてきた。
残りのアイスコーヒーを飲みながら、もう一度ケイコさんのメールを読み返す。
自分がどのスキルを磨いて、どんな職種の仕事をするか、というのはあまり深く考えていなかった気がする。
営業はあまり得意じゃないけど『ニーズ把握』は興味があったし伸ばしたいと思っていることだ。今の仕事でもお客さんの会社の課題を調べて製品提案を考えることはとても楽しい。
とはいえ、僕はクロージングやフットワークが苦手なので営業成績は悪い。
ケイコさんの図に従えば、『ニーズ把握』は事務職やIT・コンサルにも共通するのであれば、その道を目指すのも良いかもしれない。
飲み終えたグラスを返却し、カフェを出る。
仕事で成長したい、と思うのはいつぶりだろうか。
1年ぶり?…いや、もしかすると初めての経験かもしれない。
僕はとても明るい気分で帰り道を歩んだ。
愚問小説「天職にいちばん近い島④なぜ行き詰まるのか?」
「仕事に満足できたら、きっと毎日楽しいんだろうな...」
ケイコさんを目の前につぶやいたこの言葉は、僕がこの1年間くらいずっと考えていることだ。
振り返ると、新卒1年目は仕事が楽しかった気がする。
正確には、緊張したり注意されたりすることも多かったのでいつも楽しいというわけじゃなかったけど、それよりも毎日新しいことに触れていることの刺激が強かったのだろう。
また、自分の評価が見える前だったから「今はできなくてもそのうち...」と希望を持っていた気がする(大抵、自分の可能性については前向きに考えるものだ)。
でも、2年目になってからは職場としても新人扱いするわけにいかず、数字目標もたてられた。
そんななか、『できないこと』にばかり目が行き、どんどん辛くなっていった。
上司や先輩も僕も強く責めることはないけど、むしろ自分で自分を責めていた。
退勤後や休日も、お客さんから急用の電話が来るんじゃないか、説教や苦言のメールが来るんじゃないかと心配で、心が休まらなかった。
そして、2年目終盤の3月中旬の日曜日の夜。
不安感から心臓が激しくなり、吐き気と頭痛に襲われ、息が苦しくなった。
結局その晩はほとんど寝られず、明けた月曜朝に食事もとらず駅まで向かったところで、足が止まってしまった。
『このままホームにいけば、僕は飛び込んでしまう』
そう直感したと同時に寒気が走り、立っていられなくなった。
このあたりの記憶が曖昧になっているので、合っているかわからないけど、その日は会社に休む電話をして、内科に行ったけど熱もなにも症状がなく、そのまま家で一日寝ていたと思う。
2日経っても症状が変わらないことを上司に電話したら、その2時間後くらいに人事から電話がかかってきてメンタルクリニックへ行くよう言われた気がする。
そして診察の結果、うつ症状ということで休職となった。
...つい、身の上を思い出してしまった。
そんなわけで、僕は会社生活でこれといった成果もなければ、成長した実感もない。
『転職』も頭に浮かんだが、まずは体調を戻すのが最優先だし、何より今のまま転職しても同じことを繰り返す気がしてならなかった。
そんな状況だからこそ、ケイコさんの言う
『仕事で満足している人』
という言葉に興味を持ったのだ。
大げさなほど強い関心を示す僕を笑顔で見つめるケイコさんは、まさに女神のようだ。
「これは何人か転職相談を受けながら気が付いたことなんだけど________
『自分の決定』と『他者の指示』の面積の大きさによって満足度が違うと思うの」
そう言いながら、今日何枚目かの図を描きだした。
「黄色いのが自分四角。これは仕事をする上で『自分で決められること』。それに被さる赤いのが取引先、上司、先輩とか『他者の指示』。
仕事は自分と他者を足すことで成果が出るから、『自分+他者四角=仕事の成果』になるの。
大事なのは、『自分四角の大きさ=仕事の満足度』ということね。
わたしのところへ転職の相談に来る人って、突き詰めると、仕事の成果のなかの自分四角の大きさが小さくて、やりがいや自由を感じていないんだと思うんだ」
これはすごく納得がいった。
「ケイコさんの言う通りです。
僕の悩みも掘り下げて考えると、自分の成績がよくなかったこともありますが、
それよりも自分の決定が全然なかったことがストレスだったんだと思います」
僕がそう言うとケイコさんはさみしそうな、優しいような何とも言えない瞳で僕を見た。
「そうだったの…。マナブくん、苦しかったんだね」
僕はちょっとドキリとした。
「あ、まぁ…今は少し良くなったので大丈夫ですよ。
えーっと、それよりもケイコさんの今の話をもっとよく知りたいな…!」
するとまた笑顔に戻った。
「そうね…。
それで、『自分の決定』が少ないと思った人は、こんな感じでキャリアを積んでいると思う」
「方法はいくつかあって、1つ目は右上の『大きな組織のメンバ』。
若い人の転職や社内異動はこのパターンが多いかな。大きな組織にいって成果が大きいと求められる『自分の決定』の面積も大きくなって満足度が上がる形。
2つ目は左下の『小さな組織のリーダ』。
30~40代の転職や社内異動で多いパターンだね。『自分の決定』の面積をそこまで大きくしなくても、仕事の成果の中での『自分の決定』の割合が増えることで満足度が上がる形。
3つ目は右下の『大きな組織のリーダ』。
これは40~50代で、わたしはあまり担当することはないけど、大企業の役員級ね」
僕は図を見ながら気が付いたことを聞いてみた。
「これ、矢印は片方(⇒)じゃなくて両方向(⇔)なんですね?」
ケイコさんはにこっと笑った。うーん、笑顔がまぶしい。
「そう!そうなの。
これはとても大事で、右下の『大きな組織のリーダ』になるのがゴールではないということなの」
「そういう意味だったんですね。確かにベンチャー企業に行く人は、右上の『大きな組織のメンバ』から左下の『小さな組織のリーダ』に行くパターンかも知れませんね」
「そうね。そして最近だと『小さな組織のリーダ』から『大きな組織のメンバ』に戻るパターンもあるの。大企業に入った人が一度やめてベンチャーやコンサルで修行して、また大企業に戻る、とかね」
「あー、そういわれると確かにこの4つの中でグルグル回るっていうのもありますね」
「そうでしょ。
だから、もし今の職場で『自分の決定』の面積が小さくても必要以上に自分を責めなくていいんだよ。
じっくりと『自分の決定』を大きくすればいいんだから。もしくは他の組織に行けば重宝されることもあるんだし」
ケイコさんに言われてとても気持ちが爽やかになった。
休職してから1ヶ月経つけど、今が一番ココロが軽やかな気がする。
「あと、この話で一番大切なことを言うとね…」
「仕事は人生の一部だから、仮に仕事で『自分の決定』面積を大きくしなくても、仕事の以外で『自分の決定』の面積を大きくすれば幸せになると思うんだ」
「プライベートで『自分の決定』…?」
「そう。趣味とか家庭とかね。
そして『自分の決定』は他者をコントロールすることでなくて、自分の行動を自分で決めることだから、プライベートで『自分の決定』が大きいことは必ずしも自分勝手というわけではないの。
例えば『自分はパートナの好きなことを叶える』というのを自分で決定すれば、それは自分の決定の面積が大きくて幸せということだと思うんだ」
「うーん、人生ってなると話が大きくなったなぁ~。
でも、ケイコさんの言うこと、すごくわかりやすいです」
「わたしも今日はマナブくんと話せて、とっても楽しかった。ありがとう!」
時計を見るとお店の閉店時間が近づいていたので僕らはお店を出て帰ることにした。
駅で別れ際ケイコさんは「また会ってお話したいな」と言ってくれた。
今日はここ数年間で一番ウキウキした気分になった一日だった。
(続く)
愚問小説「天職にいちばん近い島③どうして何となく決めるのか?」
『どうしてこの仕事をしているのか?』
ふとした時に疑問に思いつつ、いつも「まぁ今さら振り返っても仕方がないし」とウヤムヤにしてきた気がする。
だがメンタル面を崩したとき、過去の曖昧で適当な選択を激しく後悔するものだ。
...いまの僕のように。
そして今、『近所の幼馴染みのお姉さん』であり『プロのキャリアコンサルタント』でもあるケイコさんを目の前にして、やはり適当な職業選択した過去を恥ずかしく思う自分がいる。
「マナブくんがこれまでどう過ごしてきたのか知りたいな」
およそ10年ぶりの再会。しかもその10年間はお互いに『コドモからオトナへの階段をのぼる』時期。
話したいことはたくさんあるが、かいつまんで説明する。
「そうだな..。高校のときは部活とかバンドやってましたね。それで、3年生になって進路考えたとき、漠然と『東京いきたいな』って思って____。夏休みからずっと勉強して、W大が受かって上京したって感じですかね」
「へぇー、バンドやってたんだ。意外って言ったらマナブくんに失礼かな(笑)。なんだか面白いね」
こんな感じで話すうちに僕も気持ちが和らいでくる。
「大学のときはサークルとかバイトもしていたし、授業も結構真面目に受けていましたね。で、就活のときはいくつ受けたけど、人の雰囲気が良さそうだったから今の会社に決めた____って感じです」
結局、『人の雰囲気が良さそう』というのも就活当時に会っていた人事や先輩社員に限られるわけで、実際に働き始めれば色んな人がいる。
当然、気の合う人もいれば合わない人もいる。そして合わない人が上司や先輩だと苦労する。営業のように数字が求められる仕事だとなおさら苦労する.......。
いけない、つい後ろ向きな考えで『心の穴』を掘ってしまった。
「ケイコさんは......留学行ったんですよね?それでそのあと外資系の会社入って…。
すごいなぁ。なんていうか、真っ直ぐな芯があって...」
するとケイコさんは僕の言葉にかぶせるよう首を横に振った。
「全然そんなことないよ。いつも迷っていたし、あとで振り返ってもベストな選択だったか自信がないな」
「そうなんですか?」
「うん。留学に行ったときは卒業したら国際機関で働こう!って思っていて、実際わたしの出た大学はたくさんの卒業生が国際機関に就職していたんだけど...。
結局は経済活動が活発でないと支援もできないなって思って。だからまずはビジネスの世界に飛び込もうって、投資銀行に入ったんだ」
「いやー、それがすごいですよ。外資の投資銀行ってめちゃくちゃ難易度高いじゃないですか。僕の友達も何人か受けてましたが、だいたい一次か二次面接で落ちてましたね」
僕は素直に感心してそう言ったのだが、ケイコさんは一息ついてから寂しそうな顔をしてこう言った。
「マナブくん...、就職の難易度と優秀さは違うし、ましてや入ってから幸せになれるかどうかは全く関係ないんだよ。
自分で言うのも恥ずかしいっていうか変な感じなんだけど、確かに外資系企業だと『偏差値の高い人』が多いし、初任給は高いんだ。
でもこれは、『少ない人数』で『手間のかかる仕事』を『高速』で対応するからで、精神的なプレッシャーは大きいし、労働時間も長かったな」
「噂には聞いてましたが、そうだったんですね...」
「うん、そうだったんだ。
仕事は刺激的だったし、体力的にもなんとかついていけたんだけど、ある日、わたしのチューター(指導役)の先輩が、ココロとカラダの調子を崩して入院したの。
それで結局半年経ったところで退職して、実家に帰ったみたいでね...。
すごい良い先輩だったから、寂しかったんだ。
その頃からかな、わたしがキャリアとか進路とかに興味を持ったのは。
それから色々とキャリア理論とかモチベーション理論とか勉強して、『人と仕事のミスマッチを無くして幸せに働く人を増やす』っていう目標ができたんだ」
「それで、いまの人材紹介会社にいるんですね」
「うん、そのとおり」
ケイコさんは苦労したんだな...と思った。
「留学から、最初の会社、その後に転職した今の勤務先...。ケイコさんは 自分の選択がベストだったか自信がないって言っていましたが、僕がこうやって話を聞いた印象ではしっかりと考えいて、すごく良い選択をしていると思いますよ」
ケイコさんがニコッと笑う。
「ありがとう。うーん、そうだね。あんまりうまく説明できる自信はないんだけど...
人ってどんな道を選んでも『自分は何となく決めたなぁ』って考えちゃうと思うんだ。」
「えぇっ!?そうなんですか?」
僕はビックリして間の抜けた声を出してしまった。
「選択の正しい/正しくないとは別ね。そう、これは仕組み上、必然っていうのかな...」
そういって、ケイコさんはまたノートを取り出した。
「進路を決めるときと、あとで振り返るときって選択肢の出し方が違うと思うんだ。
進路を決めるときは、『自分は○○が好き』、『○○ができるのは△△』みたいな感じで、階段をあがるように理屈がついていくの。名前を付けるなら『階段思考』って感じかな。
でも振り返るときは、『この可能性もあった』っていう感じで選択肢の幅を広げていくような理屈で整理するの。これは『マス目思考』って呼ぼうかな」
僕は『階段思考』と『マス目思考』の図を見て、うなずいた。
「うーーん。こう書かれると僕はいつも『階段思考』で進路を決めていた気がしますね。
それで、あとから振り返るときは『マス目思考』で考えて、いつも『なんで他の選択肢を考えなかったんだろう。世間が狭かった』って思うんですよ」
「みんなそうだよ。これは仕方がなくてね…
マス目思考は判断軸_______例えばここに書いている企業の大きさ(縦軸)とか、何ができるか(横軸)________が大事なんだけど、
人は何かを選択するときは判断軸を冷静に整理することができないの」
「冷静に判断軸を整理できない…。なんででしょう?」
「それは、人はビックリするくらい自分のことを知らないから、とわたしは思うよ。
こう言っちゃうと無責任かもしれないけど、結局経験しないと判断できないんだよね。
例えば自分にとって大企業とベンチャーのどっちが向いているか、営業とモノづくりのどっちが向いているか。そんなことはやる前に考えても想像の域をでなくて、正しい判断はできないと思うんだ。
だから何かを決めるときは『階段思考』でしか決められず、それを後から振り返ると『もっと他の選択肢もあったはずなのに、なんで適当に決めてしまったんだろう』ってなるんだと思うよ」
ケイコさんの言うことに納得する。
でもそれと同時に一つモヤモヤとした感情が生まれてくる。
「ただ、そうすると人はずっと満足のいく人生を送れないんでしょうか?
そうだとするとあまりにムナシイ気がするんです…」
そう言ってうつむく僕にケイコさんが優しい目で語りかける。
「そうだよね。わたしもマナブくんと同じように悩んだ時期があったよ。
ただ、人材紹介の仕事をするなかで、仕事で満足している人とそうでない人の違いが見えてきた気がするの」
「それ、すごく興味あります!」
興奮気味の僕を見て、ケイコさんは
「久しぶりに会うけど、マナブくんと話していると楽しいな」
と明るく笑い、僕はそのきれいな笑顔に思わずドキリとした。
(つづく)