愚問小説「天職にいちばん近い島⑤『得意なこと・好きなこと』を作るには?」
5月も下旬になると初夏を越して『夏』と呼べるほどの気温が続くようになる。
今日東京は最高気温が28°になるらしい。まだ梅雨の気配はなく、湿度が低いことがせめてもの救いだ。
土曜日の午前11時。クリニックでの診察を終え、駅前の商店街を歩く。
こうして街を歩けるのだから、3月に比べれば2ヶ月で随分良くなったと思う。
とはいえまだ抗不安剤を何種類か服用しなくてはいけないので、長い道のりになりそうだ。
目の前の危機を越えたことへの安心感と、少し先を見越した不安の両方を抱える。
なんとも複雑な気持ちだが、一歩一歩進んでいくしかない。
10年ぶりに再会したのが3週間前。
そのときケイコさんから教わったことで、自分自身の状況をかなり冷静に整理できた。
1. ストレスの根本的な原因は『自分の決定』の少なさ
2. 『自分の決定』を大きくするには得意なこと・好きなことを仕事にする
3. 過去の選択について公開しそうだけど、それは誰でも同じ
このうち、1と3は自分の心の持ちようなので実行に移しやすい。
難しいのは2だ。
社会人経験2年の僕には、得意なこと・好きなことが固まっていない。
でも、逆に言えば、まだ可能性があるとも言える。
そのため、これから『得意・好きなことを計画的に築いていくこと』が大事なのだと思う。
もちろん『考える前に行動して、結果的に後から身に付くもの』という考えもあるのだろうが、僕は一度体を崩しているため一度じっくり考えてから行動に移したい。
そんな考えをケイコさんにメッセージで送ったのが昨晩。
帰宅前にカフェでアイスコーヒーを飲んでいると、ちょうど返事が来た。
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マナブくん
連絡ありがとう。
わたしの話を真摯に聞いて丁寧に考えてくれたようで、嬉しいです。
『得意なこと・好きなこと』をどう築くか...という質問もありがとう。
確かに、難しいことだよね。
わたしも前の会社で財務分析をしていたから『得意なこと=財務分析』になるんだろうけど、それは仕事で必要に迫られて身に付いたという感じで、計画的だったわけではないです。
でも、今の仕事で転職のお手伝いをするなかで気付いたことがいくつかあるので、今日はそれを書くね。
まず、『得意なこと・好きなこと』は経験を通じて築かれるということ。
転職する人は職務経歴書を書くんだけど、これは『自分はどのような経験をしてきて、何ができるか』を示すものです。
つまり、採用では『経験は得意・好きの証拠』になっているの。
その上でのもう1つのポイントは、『何を経験するかは自分で選べる』ということ。
もちろん『たまたま配属された仕事を経験する』という考えもあるけど、わたしに相談にくる人たちは自分で何を経験したいか計画しているようです。
じゃあ、どんな経験を積めばいいんだろう?って疑問が浮かぶしれないけど、基本的には自分で決めることだと思います。
ただ、自分で何を決めるにもヒントが必要だと思うので、わたしは20代の転職希望者には以下の図で説明するね。
ちょっと複雑だけど、世の中の仕事を大まかに分類すると上の図のようになります。
色つきの四角や丸は職種を指しています。
左上:サービス職・・・店・施設でのサービス提供者・営業職
右上:IT・コンサル職・・・システムエンジニア・コンサルタント
左下:技能専門職・・・職人・技士
右下:技術専門職・・・研究開発者
中央:事務職・・・総務・経理・調達など管理業務者
そして白い角丸四角はそれぞれの職種で必要なスキルです。
これらの職種に貴賤や優劣はなく、自分がやりたいことや苦でないことをできていれば良いと思うの。
ただ、20代前半~中盤で自分の『得意なこと・好きなこと』を改めて考える場合、私は『上のサービス職、IT・コンサル職』に身を置くことを勧めています。
理由は『途中から始めやすくて、個人のやり方・工夫が尊重されやすい』から。
下の専門職は名前のとおり専門知識が必要なのと、ある程度決まった法律・規則・定理に従うために習得に時間が必要なので、途中からの職種替えにはあまりお勧めしていません。
マナブくんは営業をしているということだったので、左上のサービス職に該当するんだけど、営業スキルを長く磨けば他社の営業としても活躍できる『得意なこと』になると思うよ。
もし『営業は好きではない』ということであれば、『ニーズ把握』を磨いて『IT・コンサル職』や『事務職』にキャリアチェンジするのも1つの選択肢と思います。
それぞれの職種で働き方や業界が違うため、細かくは今度会ったときに(興味があれば)説明するね。
マナブくんの疑問に答えられていれば幸いです。
それでは体調に気を付けて。今度はお昼でも食べようね!
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ケイコさん、仕事でもない僕の質問にここまで丁寧に回答してくれて…本当にありがたいし、なんか負担をかけてしまって申し訳ない気もしてきた。
残りのアイスコーヒーを飲みながら、もう一度ケイコさんのメールを読み返す。
自分がどのスキルを磨いて、どんな職種の仕事をするか、というのはあまり深く考えていなかった気がする。
営業はあまり得意じゃないけど『ニーズ把握』は興味があったし伸ばしたいと思っていることだ。今の仕事でもお客さんの会社の課題を調べて製品提案を考えることはとても楽しい。
とはいえ、僕はクロージングやフットワークが苦手なので営業成績は悪い。
ケイコさんの図に従えば、『ニーズ把握』は事務職やIT・コンサルにも共通するのであれば、その道を目指すのも良いかもしれない。
飲み終えたグラスを返却し、カフェを出る。
仕事で成長したい、と思うのはいつぶりだろうか。
1年ぶり?…いや、もしかすると初めての経験かもしれない。
僕はとても明るい気分で帰り道を歩んだ。