日々是、徒然に愚問自答

生来の小心者なのか、単に暇なのか、、、、日々悶々と悩みや疑問が浮かびます。しかしながらその大半は取るに足らないことで、人様の貴重なお知恵と時間を拝借するのもはばかれます。そのため、自ら産んだ愚問には自ら答えて始末をつけようという試みです。通勤電車等でご賞味くださいませ。

愚問小説「天職にいちばん近い島⑥仕事はドラマチックであるべきか?【前編】」

「……そういうわけでさ、新しい一歩を踏み出すわけだな」

 

そう言って向かいの席に座った堂田(どうだ)が熱の入った話に一区切りつける。
日曜昼下がり。入ったときは空いていたカフェも、気付くと混み合ってきた。

 

堂田は高校のクラスメイト。
当時はそれほど仲が良かったわけではないが、彼が就職を機に東京へ上京したのをきっかけに連絡をとり、たまに会って話をしている。

 

今日は堂田から「話したいことがあって」とメッセージがきて、4か月ぶりに会った。
いつもなら夜に会って飲んだりもするのだが、僕が薬を飲んでいるためアルコールは控え、昼ごはんを食べることにした。

 

堂田の『話したいこと』というのは、転職の報告だった。

 

堂田は新卒で大手の携帯電話会社(通信キャリア)に入り、アプリやサービスを企画する仕事をしていた。
聞くとCMやネット広告でも紹介されているかなり有名なサービスで、数百万人が登録しているサービスも彼が関わっているとのこと。

僕の仕事は、日用品の容器(パッケージ)を作るための大きな機械をメーカさんに営業していて、一般的に知られることはなく、当然CMに出ることもない。
僕からすれば堂田はとても華々しい世界にいて、一体何の不満があるのだろう…と思うのだが…

 

「やりがいっていうのかなぁ。

 確かにユーザが増えて、自分の仕事が人の生活を楽しくしたり便利にしているって感じるときもあるし、それ自体は嬉しいっていえばそうなんだけどさ。

 結局、デカい会社だと俺って歯車の1つなんだよね。正直、俺より優秀なやつなんてたくさんいるし、俺じゃなくても誰かがやれば俺と同じかそれ以上のものが作れるんだよね。

 もっと自分がいることの意味を感じられるところで働きたくてさ...」

 

そんな想いで、7月からベンチャー、いや『スタートアップ』で働き始めるらしい。(僕が『ベンチャー』というと堂田から『スタートアップね』と都度訂正される

新天地の会社は、設立して1年4ヶ月。スマートフォン向けアプリ・サービスを開発していて、堂田がいまの仕事で付き合いがあり、社長を始めたとした社員の雰囲気に心底惚れたということだ。
堂田で社員6人目ということで、本当にこれから成長して行く...という感じだ。
堂田はその会社でサービス企画と営業を担当するらしい。

 

「例えば、ヘルスケアとか食とか、今もある程度サービスはあるけど、まだまだデジタル化ができる分野ってあると思うんだ。
 そういうところで、本当にお客さんに刺さるサービスを作っていきたいんだよね」

 

そう熱く語る堂田の話を、僕はうなずいて聞いていた。
堂田は身ぶり手ぶりを加えて話を続ける。

 

「大企業だと会社全体としては世の中に影響力があるのは認めるよ。それに安定してるから将来計画も立てやすいよな。
 だけど俺らまだ24,5歳じゃん。俺はそんな平坦じゃなくてもっとドラマチックな人生を送りたいんだよ」

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年齢まで出されてそう言われると何となく肯定するしかない気になる。
確かに、やりたいことができるのは良いことだし、それができるチャンスが目の前にあるなら積極的につかんだ方が良いと思う。

 

堂田の主張はケイコさんが話してくれた『仕事の成果における自分の決定の割合』を増やしたい(左上から左下に行く)ということだから、納得はいく。

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(「④なぜ行き詰まるのか?」より)

https://blog.hatena.ne.jp/piropiro2000/piropiro2000.hatenablog.com/editentry=26006613568004957

 


また業種は違えど、大きな会社でサラリーマン(ビジネスパーソンでなく)をしている身として、気持ちもわからないでもない。

 

だけど...。

なんだかモヤモヤとした気になる。

 

その挑戦は本当に大企業ではできないのか?』という気にもなる。
もう少し言うと、『大企業は退屈、ベンチャー・スタートアップはドラマチック』という図式も少し極端だし単純化しすぎな気もする。

いや、それだと僕が新しいチャレンジに挑む堂田に嫉妬しているようだな...。

 

むしろ僕のモヤモヤの本質は『仕事はドラマチックであるべきか?』というところにあるのかもしれない。

僕も就職活動や新入社員の頃はそう思っていただろう。
最初は苦労もするけど、諦めず努力したり周りの助けも得られて最後は報われる...。
そんな自分が主人公の仕事ドラマをぼんやりと想像していた

 

でも...現実の僕は、ドラマで言えば第2話でつまずき、出演シーンがなくなってしまったような状態だ。
ドラマの山場に入るより全然手前で戦線離脱。
カメラの回っていない場面で一人生きていかなくてはいけないこともある...。
残念ながらそれが僕にとっての現実なのだ。

 

もちろん新たな門出に水を差すつもりはない。

僕のモヤモヤとした気持ちは出さず、堂田にはお祝いと激励の言葉をかけた。

 

カフェを出て、駅の改札で別れる。
堂田の足取りは軽やかだ。

 

「自分も健康だったら堂田の話に元気をもらい、ベンチャー・スタートアップへのチャレンジを考えて生き生きとしていたのかもしれないな」

そんなことを思ってもどうしようもない。虚しくなるだけだ。

 

ケイコさんからは昨日メールをしたばかりだけど、今日浮かんだモヤモヤ
『仕事はドラマチックであるべきか?』
について、ケイコさんの意見を聞けば、いまの僕の胸の苦しみが晴れるだろうか?

 

電車の窓から外の景色を眺め、そんなことを思った。