日々是、徒然に愚問自答

生来の小心者なのか、単に暇なのか、、、、日々悶々と悩みや疑問が浮かびます。しかしながらその大半は取るに足らないことで、人様の貴重なお知恵と時間を拝借するのもはばかれます。そのため、自ら産んだ愚問には自ら答えて始末をつけようという試みです。通勤電車等でご賞味くださいませ。

愚問小説「天職にいちばん近い島④なぜ行き詰まるのか?」

「仕事に満足できたら、きっと毎日楽しいんだろうな...」

 

ケイコさんを目の前につぶやいたこの言葉は、僕がこの1年間くらいずっと考えていることだ。

振り返ると、新卒1年目は仕事が楽しかった気がする。
正確には、緊張したり注意されたりすることも多かったのでいつも楽しいというわけじゃなかったけど、それよりも毎日新しいことに触れていることの刺激が強かったのだろう。
また、自分の評価が見える前だったから「今はできなくてもそのうち...」と希望を持っていた気がする(大抵、自分の可能性については前向きに考えるものだ)。

でも、2年目になってからは職場としても新人扱いするわけにいかず、数字目標もたてられた。
そんななか、『できないこと』にばかり目が行き、どんどん辛くなっていった。
上司や先輩も僕も強く責めることはないけど、むしろ自分で自分を責めていた。

退勤後や休日も、お客さんから急用の電話が来るんじゃないか、説教や苦言のメールが来るんじゃないかと心配で、心が休まらなかった。

 

そして、2年目終盤の3月中旬の日曜日の夜。
不安感から心臓が激しくなり、吐き気と頭痛に襲われ、息が苦しくなった。
結局その晩はほとんど寝られず、明けた月曜朝に食事もとらず駅まで向かったところで、足が止まってしまった。

『このままホームにいけば、僕は飛び込んでしまう』

そう直感したと同時に寒気が走り、立っていられなくなった。

このあたりの記憶が曖昧になっているので、合っているかわからないけど、その日は会社に休む電話をして、内科に行ったけど熱もなにも症状がなく、そのまま家で一日寝ていたと思う。

2日経っても症状が変わらないことを上司に電話したら、その2時間後くらいに人事から電話がかかってきてメンタルクリニックへ行くよう言われた気がする。

そして診察の結果、うつ症状ということで休職となった。

 

...つい、身の上を思い出してしまった。

そんなわけで、僕は会社生活でこれといった成果もなければ、成長した実感もない。
『転職』も頭に浮かんだが、まずは体調を戻すのが最優先だし、何より今のまま転職しても同じことを繰り返す気がしてならなかった

そんな状況だからこそ、ケイコさんの言う
仕事で満足している人
という言葉に興味を持ったのだ。
大げさなほど強い関心を示す僕を笑顔で見つめるケイコさんは、まさに女神のようだ。

「これは何人か転職相談を受けながら気が付いたことなんだけど________

 『自分の決定』と『他者の指示』の面積の大きさによって満足度が違うと思うの」

そう言いながら、今日何枚目かの図を描きだした。

 

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「黄色いのが自分四角。これは仕事をする上で『自分で決められること』。それに被さる赤いのが取引先、上司、先輩とか『他者の指示』
 仕事は自分と他者を足すことで成果が出るから、『自分+他者四角=仕事の成果』になるの。
 大事なのは、『自分四角の大きさ=仕事の満足度』ということね。
 わたしのところへ転職の相談に来る人って、突き詰めると、仕事の成果のなかの自分四角の大きさが小さくて、やりがいや自由を感じていないんだと思うんだ」

これはすごく納得がいった。

「ケイコさんの言う通りです。
 僕の悩みも掘り下げて考えると、自分の成績がよくなかったこともありますが、
 それよりも自分の決定が全然なかったことがストレスだったんだと思います」

僕がそう言うとケイコさんはさみしそうな、優しいような何とも言えない瞳で僕を見た。

「そうだったの…。マナブくん、苦しかったんだね」

僕はちょっとドキリとした。

「あ、まぁ…今は少し良くなったので大丈夫ですよ。
 えーっと、それよりもケイコさんの今の話をもっとよく知りたいな…!」

するとまた笑顔に戻った。

「そうね…。
 それで、『自分の決定』が少ないと思った人は、こんな感じでキャリアを積んでいると思う」

 

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「方法はいくつかあって、1つ目は右上の『大きな組織のメンバ』
 若い人の転職や社内異動はこのパターンが多いかな。大きな組織にいって成果が大きいと求められる『自分の決定』の面積も大きくなって満足度が上がる形。
 2つ目は左下の『小さな組織のリーダ』。
 30~40代の転職や社内異動で多いパターンだね。『自分の決定』の面積をそこまで大きくしなくても、仕事の成果の中での『自分の決定』の割合が増えることで満足度が上がる形。

 3つ目は右下の『大きな組織のリーダ』。
 これは40~50代で、わたしはあまり担当することはないけど、大企業の役員級ね」

僕は図を見ながら気が付いたことを聞いてみた。

「これ、矢印は片方(⇒)じゃなくて両方向(⇔)なんですね?」

ケイコさんはにこっと笑った。うーん、笑顔がまぶしい。

「そう!そうなの。
 これはとても大事で、右下の『大きな組織のリーダ』になるのがゴールではないということなの」

「そういう意味だったんですね。確かにベンチャー企業に行く人は、右上の『大きな組織のメンバ』から左下の『小さな組織のリーダ』に行くパターンかも知れませんね」

「そうね。そして最近だと『小さな組織のリーダ』から『大きな組織のメンバ』に戻るパターンもあるの。大企業に入った人が一度やめてベンチャーやコンサルで修行して、また大企業に戻る、とかね」

「あー、そういわれると確かにこの4つの中でグルグル回るっていうのもありますね」

「そうでしょ。
 だから、もし今の職場で『自分の決定』の面積が小さくても必要以上に自分を責めなくていいんだよ。
 じっくりと『自分の決定』を大きくすればいいんだから。もしくは他の組織に行けば重宝されることもあるんだし」

ケイコさんに言われてとても気持ちが爽やかになった。
休職してから1ヶ月経つけど、今が一番ココロが軽やかな気がする。

「あと、この話で一番大切なことを言うとね…」

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「仕事は人生の一部だから、仮に仕事で『自分の決定』面積を大きくしなくても、仕事の以外で『自分の決定』の面積を大きくすれば幸せになると思うんだ」

「プライベートで『自分の決定』…?」

「そう。趣味とか家庭とかね。
 そして『自分の決定』は他者をコントロールすることでなくて、自分の行動を自分で決めることだから、プライベートで『自分の決定』が大きいことは必ずしも自分勝手というわけではないの。
 例えば『自分はパートナの好きなことを叶える』というのを自分で決定すれば、それは自分の決定の面積が大きくて幸せということだと思うんだ」

「うーん、人生ってなると話が大きくなったなぁ~。
 でも、ケイコさんの言うこと、すごくわかりやすいです」

「わたしも今日はマナブくんと話せて、とっても楽しかった。ありがとう!」

 

時計を見るとお店の閉店時間が近づいていたので僕らはお店を出て帰ることにした。
駅で別れ際ケイコさんは「また会ってお話したいな」と言ってくれた。

今日はここ数年間で一番ウキウキした気分になった一日だった。

 

(続く)