愚問小説「天職にいちばん近い島③どうして何となく決めるのか?」
『どうしてこの仕事をしているのか?』
ふとした時に疑問に思いつつ、いつも「まぁ今さら振り返っても仕方がないし」とウヤムヤにしてきた気がする。
だがメンタル面を崩したとき、過去の曖昧で適当な選択を激しく後悔するものだ。
...いまの僕のように。
そして今、『近所の幼馴染みのお姉さん』であり『プロのキャリアコンサルタント』でもあるケイコさんを目の前にして、やはり適当な職業選択した過去を恥ずかしく思う自分がいる。
「マナブくんがこれまでどう過ごしてきたのか知りたいな」
およそ10年ぶりの再会。しかもその10年間はお互いに『コドモからオトナへの階段をのぼる』時期。
話したいことはたくさんあるが、かいつまんで説明する。
「そうだな..。高校のときは部活とかバンドやってましたね。それで、3年生になって進路考えたとき、漠然と『東京いきたいな』って思って____。夏休みからずっと勉強して、W大が受かって上京したって感じですかね」
「へぇー、バンドやってたんだ。意外って言ったらマナブくんに失礼かな(笑)。なんだか面白いね」
こんな感じで話すうちに僕も気持ちが和らいでくる。
「大学のときはサークルとかバイトもしていたし、授業も結構真面目に受けていましたね。で、就活のときはいくつ受けたけど、人の雰囲気が良さそうだったから今の会社に決めた____って感じです」
結局、『人の雰囲気が良さそう』というのも就活当時に会っていた人事や先輩社員に限られるわけで、実際に働き始めれば色んな人がいる。
当然、気の合う人もいれば合わない人もいる。そして合わない人が上司や先輩だと苦労する。営業のように数字が求められる仕事だとなおさら苦労する.......。
いけない、つい後ろ向きな考えで『心の穴』を掘ってしまった。
「ケイコさんは......留学行ったんですよね?それでそのあと外資系の会社入って…。
すごいなぁ。なんていうか、真っ直ぐな芯があって...」
するとケイコさんは僕の言葉にかぶせるよう首を横に振った。
「全然そんなことないよ。いつも迷っていたし、あとで振り返ってもベストな選択だったか自信がないな」
「そうなんですか?」
「うん。留学に行ったときは卒業したら国際機関で働こう!って思っていて、実際わたしの出た大学はたくさんの卒業生が国際機関に就職していたんだけど...。
結局は経済活動が活発でないと支援もできないなって思って。だからまずはビジネスの世界に飛び込もうって、投資銀行に入ったんだ」
「いやー、それがすごいですよ。外資の投資銀行ってめちゃくちゃ難易度高いじゃないですか。僕の友達も何人か受けてましたが、だいたい一次か二次面接で落ちてましたね」
僕は素直に感心してそう言ったのだが、ケイコさんは一息ついてから寂しそうな顔をしてこう言った。
「マナブくん...、就職の難易度と優秀さは違うし、ましてや入ってから幸せになれるかどうかは全く関係ないんだよ。
自分で言うのも恥ずかしいっていうか変な感じなんだけど、確かに外資系企業だと『偏差値の高い人』が多いし、初任給は高いんだ。
でもこれは、『少ない人数』で『手間のかかる仕事』を『高速』で対応するからで、精神的なプレッシャーは大きいし、労働時間も長かったな」
「噂には聞いてましたが、そうだったんですね...」
「うん、そうだったんだ。
仕事は刺激的だったし、体力的にもなんとかついていけたんだけど、ある日、わたしのチューター(指導役)の先輩が、ココロとカラダの調子を崩して入院したの。
それで結局半年経ったところで退職して、実家に帰ったみたいでね...。
すごい良い先輩だったから、寂しかったんだ。
その頃からかな、わたしがキャリアとか進路とかに興味を持ったのは。
それから色々とキャリア理論とかモチベーション理論とか勉強して、『人と仕事のミスマッチを無くして幸せに働く人を増やす』っていう目標ができたんだ」
「それで、いまの人材紹介会社にいるんですね」
「うん、そのとおり」
ケイコさんは苦労したんだな...と思った。
「留学から、最初の会社、その後に転職した今の勤務先...。ケイコさんは 自分の選択がベストだったか自信がないって言っていましたが、僕がこうやって話を聞いた印象ではしっかりと考えいて、すごく良い選択をしていると思いますよ」
ケイコさんがニコッと笑う。
「ありがとう。うーん、そうだね。あんまりうまく説明できる自信はないんだけど...
人ってどんな道を選んでも『自分は何となく決めたなぁ』って考えちゃうと思うんだ。」
「えぇっ!?そうなんですか?」
僕はビックリして間の抜けた声を出してしまった。
「選択の正しい/正しくないとは別ね。そう、これは仕組み上、必然っていうのかな...」
そういって、ケイコさんはまたノートを取り出した。
「進路を決めるときと、あとで振り返るときって選択肢の出し方が違うと思うんだ。
進路を決めるときは、『自分は○○が好き』、『○○ができるのは△△』みたいな感じで、階段をあがるように理屈がついていくの。名前を付けるなら『階段思考』って感じかな。
でも振り返るときは、『この可能性もあった』っていう感じで選択肢の幅を広げていくような理屈で整理するの。これは『マス目思考』って呼ぼうかな」
僕は『階段思考』と『マス目思考』の図を見て、うなずいた。
「うーーん。こう書かれると僕はいつも『階段思考』で進路を決めていた気がしますね。
それで、あとから振り返るときは『マス目思考』で考えて、いつも『なんで他の選択肢を考えなかったんだろう。世間が狭かった』って思うんですよ」
「みんなそうだよ。これは仕方がなくてね…
マス目思考は判断軸_______例えばここに書いている企業の大きさ(縦軸)とか、何ができるか(横軸)________が大事なんだけど、
人は何かを選択するときは判断軸を冷静に整理することができないの」
「冷静に判断軸を整理できない…。なんででしょう?」
「それは、人はビックリするくらい自分のことを知らないから、とわたしは思うよ。
こう言っちゃうと無責任かもしれないけど、結局経験しないと判断できないんだよね。
例えば自分にとって大企業とベンチャーのどっちが向いているか、営業とモノづくりのどっちが向いているか。そんなことはやる前に考えても想像の域をでなくて、正しい判断はできないと思うんだ。
だから何かを決めるときは『階段思考』でしか決められず、それを後から振り返ると『もっと他の選択肢もあったはずなのに、なんで適当に決めてしまったんだろう』ってなるんだと思うよ」
ケイコさんの言うことに納得する。
でもそれと同時に一つモヤモヤとした感情が生まれてくる。
「ただ、そうすると人はずっと満足のいく人生を送れないんでしょうか?
そうだとするとあまりにムナシイ気がするんです…」
そう言ってうつむく僕にケイコさんが優しい目で語りかける。
「そうだよね。わたしもマナブくんと同じように悩んだ時期があったよ。
ただ、人材紹介の仕事をするなかで、仕事で満足している人とそうでない人の違いが見えてきた気がするの」
「それ、すごく興味あります!」
興奮気味の僕を見て、ケイコさんは
「久しぶりに会うけど、マナブくんと話していると楽しいな」
と明るく笑い、僕はそのきれいな笑顔に思わずドキリとした。
(つづく)