日々是、徒然に愚問自答

生来の小心者なのか、単に暇なのか、、、、日々悶々と悩みや疑問が浮かびます。しかしながらその大半は取るに足らないことで、人様の貴重なお知恵と時間を拝借するのもはばかれます。そのため、自ら産んだ愚問には自ら答えて始末をつけようという試みです。通勤電車等でご賞味くださいませ。

愚問小説「天職にいちばん近い島②仕事が合わないとは?」

中野駅南口を少し歩いたところにあるカフェ。

マナブはポケットからスマホを取り出す。画面は待ち合わせ時刻の20時ちょうどを示していた。

ちょうど入り口にきた一人の女性と目が合う。軽く手を降ると応じてくれた。ケイコさんだ。

 

「遅くなってごめんね。待った?」

 

ケイコさんはグレーのジャケット、白いパンツ、少し大きめの黒いビジネストートバック...と、スマートで、それでいて柔らかさもある感じ。記憶にある10年前の姿から背格好は変わらないけど、全体的な雰囲気から自然と知性を感じる。

 

「いえ、僕もついさっき来たところなんで...。こっちこそ忙しいところスミマセン」

僕はケイコさんを席に促す。

お水を運んできてくれたスタッフに注文し、話し始める。

 

「マナブくん、久しぶりだね。10年ぶり...かな?」

「そうですね。前に会ったのは僕が高1のときだから、そんなもんですね」

「でも、マナブくん全然変わってないね。お店入ってすぐ分かったよ。もちろん、大人っぽくなったけど」

「ケイコさんも変わらないですね」

 

そんな再会の挨拶を交わし、本題に入る。

 

「今日は忙しいところ時間いただいてスミマセン」

「ううん、わたしは全然いいよ。それより、マナブくんも色々と大変だったんだね」

「あぁ...、はい。まぁ...その...」

 

自分の状況を説明するのに何と言えば良いものか迷う。

確かに大変だったといえばそうなのだが、自分がこうしている今日も会社の同僚は働いているわけであって、その意味ではむしろ大変なのは同僚の方ではないか、とためらってしまう。

 

「無理して話さなくてもいいんだよ。わたしはお医者さんじゃないんだし」

「いえ、今はかなり落ち着いたので大丈夫です。......でも、、、」

「うん、『でも、、、』...?」

今の仕事が自分に合ってないような気がして...」

 

僕がためらいがちにそういうと、ケイコさんはウン、とうなずき、

 

『仕事が合ってない』...か。うん、分かるよ。そう思うときってあるよね」

 

と言ってバッグからノートとペンを取りだし、サラサラと描き始めた。

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「あくまでわたしの考えだけど...、仕事って『できること』があって、そのなかに『得意なこと』『好きなこと』があると思うんだ。
 そして『できること』が大きくなって、なかにある『得意なこと』『好きなこと』も大きくすることを『成長』っていうと思うの」

 

ケイコさんは僕が見やすいように図を向けて説明する。

 

「そして、『得意なこと』と『好きなこと』の重なりが大きいと、仕事が楽しくなると思うんだ」

「あぁー...、いままであんまり深く考えてこなかったけど、言われてみるとそうですね。『得意なことが好きなこと』だったら、楽しいですよね」

 

なるほど、と僕がフンフンとうなずいていると、ケイコさんはさっきの図に上から付け足す。

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「でもね、会社にいてお客さん相手に仕事をしていると、『求められること』っていう別の要素が入ってくるのよね。
この『求められること』に対してさっきの3つの円が重なっていれば評価されるし、下の方にあるように、そもそも『できること』と『求められること』が離れていると、全く評価されない、という状況になっちゃう」

 

そう説明され、僕は腕を組み、ウ~ンとうなる。


こうして考えると、自分のやっていた営業という仕事は、得意でもないし好きかと聞かれると、それもあやしい。
つまり、僕は営業が『できること』でもなかったのにそれで評価される、という状況に心が持たなかったのかもしれない。それが自分で言った『仕事が合ってない』ということなのだろう。

 

「ケイコさん、僕はまさに『できること』と『求められること』が離れているんです。
 というより、『できること』なんてないんじゃないかと思っちゃうんですよ。
 こういうときってどうすればいいんですか?やっぱり上司や先輩に指導してもらって『できること』を大きくするしかないんでしょうか?」

 

僕が質問すると、ケイコさんは「そうね...」と少し考えから話しはじめた。

 

「いまマナブくんが言ってくれた『求められることに自分を合わせる』のも1つの方法と思うよ。実際に日本の会社に新卒で入った多くの人はそうして少しずつ仕事に慣れていっているからね。
 ただ、それ以外にも方法はあって、『できることの方に仕事を寄せる』っていうのも選択肢としてはあると思うよ」

「できることの方に仕事を寄せる...?」

「うん、部署異動とか転職とかがそうなるかな。自分の『できること』、そのなかでも『得意なこと』や『好きなこと』に当てはまることが『求められること』になっている職場に移ること。
 いまのわたしは、そうしたいって思う人のお手伝いをしていることになるわね」

「あー、なるほど。ある程度『できること』がある人ならそっちに仕事を寄せるっていうのも全然ありですね」

「うん。そして最後の1つなんだけど、『得意なこと・好きなことを中心にして仕事を創る』のも、起業って形で最近増えてきたかな」

 

ケイコさんはそこまで話して、ページをめくり絵を描く。よく、僕の方を向けながらスラスラと字や絵を書けるものだ、と妙なことに感心してしまう。

 

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「こんな感じで『仕事と自分の重なりを大きくする』には3つの方法があって、マナブくんは自分の好きな方法を取るとよいと思うよ」

「てっきり最初の『求められることに自分を合わせる』しかないと思っていたなぁ...」

「確かに、転職や起業するにしても『できること』がしっかりとある方が良いから、マナブくんがいう通り『できること』を大きくするのは大事だよね。
 でも、これも日本の会社でよくあるんだけど、『できることを大きくすることだけに意識が向いて、得意なことや好きなことが小さいまま』になると、ある日突然、自分を見失う人もいるから、気を付けないといけないわ」

 

なるほど、まさに図で書いてくれた通り、『できること』をむりやり下に引っ張った結果、なかにある『得意なこと』『好きなこと』が追い付かずに、プチンっと切れちゃうのか。

 

「燃え尽き...というものですかね?」

「そうね、そう言った方が分かりやすいかもしれないね」

 

ケイコさんの話はとても分かりやすかった。
ただ、これまでの話からいくつか疑問も浮かび、聞きたくなった。

 

「ケイコさん、さっきから『日本の会社』って言われていますけど、やっぱり日本企業って特殊なんですか?
 母さんからケイコさんは外資系で働いているって聞いたからそう見えるのかなと思って...」

「そうね。よく考えたらいまの仕事について、お互いにまだ話してなかったね。その話から始めよっか」

 

そう言うとケイコさんはノートとペンをバッグにしまい、ちょうど席に届いたアイスコーヒーに口をつけた。

(続く)