日々是、徒然に愚問自答

生来の小心者なのか、単に暇なのか、、、、日々悶々と悩みや疑問が浮かびます。しかしながらその大半は取るに足らないことで、人様の貴重なお知恵と時間を拝借するのもはばかれます。そのため、自ら産んだ愚問には自ら答えて始末をつけようという試みです。通勤電車等でご賞味くださいませ。

愚問小説「天職にいちばん近い島⑨マナブは学ぶ 前編」

「以上の通り、まとめると翌年4月からの新入社員教育のポイントは2点。
 1点目は社内の様々な業務をレクチャーし、会社全体の動きに関する理解を深めること。
 2点目は外部のコーチングを導入し、1年間、社会人としての立ち上げにおけるつまずきを軽減することです」

 

12月中旬。
暖房の入った会議室で僕は資料の説明を終えた。

資料に目を落とし黙って聞いていた人事部長はウン、とうなずき、顔を上げた。

「わかりました。
 研修内容が増える分、職場配属が例年より1週間後ろ倒しになったり、外部コーチへの費用は純増になりますが、会社に慣れて活き活きとしてくれることで長い目で見れば投資以上の効果は得られそうですね

そう言い、おだやかな表情で僕と、隣に座る課長を見てくれた。

「では、この案で進めてよいということでしょうか?」

課長が確認を取ると、

「ええ、この案でお願いします」

部長はにこやかに返事をし、僕は机の下で小さくガッツポーズをした。

 

僕が営業から人事に異動してもうすぐ3カ月が経つ。
営業と異なり、社内向けの業務が中心となるため、仕事の進め方、書類の作り方、企画の考え方…何一つとっても新鮮で学ぶことが多い。

そんななか、さっきの会議では異動して初めて自分で企画した案が通り、とてもうれしい。
課長からもねぎらいの言葉をかけてもらい、僕自身の『異動後の仕事で無事立ち上がった』という手ごたえを感じた。

 

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金曜夜の新宿の和食料理店。
来たの初めてだが、テーブルが大きめで間隔に余裕を持たせているからか、全体的に落ち着いている。ネットの評判通り、良い雰囲気のお店だ。

 

「すごーい!異動してから順調そうでよかったね!」

向かいのケイコさんが喜んでくれる。

「異動の話を受けたときはビックリしましたし、営業の時と仕事が全然違うから、異動してからも慣れるのに時間はかかりましたけど…。
 やりたいことができているし、すごく楽しくてやりがいを感じますね

僕も笑顔になる。

 

2年間営業をしたところでうつになり、3カ月の休職期間を経て復職したのは去年の7月。
それからは日々の仕事に一喜一憂せず、自分の強み(と思われる)『ニーズ把握』をできるだけ生かす営業をしてみた。

 

お客さんから聞いた話をもとに、
『本当に困っていることは何か』
『うちの機械はどこまで解決できるか』
ということを丁寧に考え、勢いはないけどお客さんに寄り添った提案をしているうちに、自然と契約が取れ、納品後もお客さんから感謝の言葉をいただくようにもなった。

 

いま冷静に振り返ると、うつで休む前までの僕は『周りの人の言動』と『自分』を一体化しすぎていたのかもしれない

上司や先輩の言葉を素直に受け止めようとするあまり、頭の中で自分の考えがかき消され、自分で決定できることがなかった気がする。

相手の言葉について考える前に、『自分を客観的に見ること』の方が大事だったのだ。

復帰後は、休職中に色々と学んだり考えたことを思い出しながら、自分の置かれた状況を冷静に見ることで、上司や先輩、お客さんの言葉も客観的に見ることができた。
そうすると『言動』と『自分の考え』の間に『解釈』が入る余裕ができて、1つ1つの言葉やしぐさに必要以上に感情を揺さぶられることがなくなったのだ。

 

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復職した年は最初の3カ月休職していたにも関わらず、目標を達成できた。
成績自体はもっと上の人がいるが、僕は自分の仕事に初めて自信が持てるようになった

そして後輩や同僚から営業の仕方に関する質問を受けることも増え、職場での『居場所』ができてきた9月上旬、今いる人事部への異動通知を受けたのだ。

 

どうやら会社として人材育成に力を入れるようで、若手の目線で企画する人材を探したところ、僕が該当した…ということだ。
せっかく営業が楽しいと感じ始めていたということもあり一瞬戸惑ったが、
ふと『ケイコさんが僕にしてくれたようなアドバイスをして、会社全体を活き活きとできれば良いな』ということが頭をよぎり、前向きに受け入れることができた。

 

そして、先日、来年4月の新入社員教育の企画を部長にレビューしてもらい、Goサインがで出た…。

 

というのが、(長くなったけど)ここ1年半くらいで僕に起きたことだ。

 

「マナブ君、去年は苦労したと思うけど、いまはすごく活き活きしているね。わたしも嬉しいな」

 

去年、ケイコさんに相談したときも優しい笑顔に癒されたが、こうして心から喜んでくれるケイコさんもとても素敵だ。

 

「確かに去年の春、休職していたころはまさか1年半経ってこんな充実仕事が楽しく、やりがいを感じるようになるとは全く予想していなかったですね。
 3カ月の休職期間。長いか短いかは人によって感じ方が違うと思うけど、『人は3カ月あれば変わるきっかけをつかめる』って思ったりしたかな。
 僕の場合、たまたまケイコさんと再会したことが『きっかけ』だったんだと思うけど…」

 

「いやいや、わたしはそんな…。
 マナブくんを元気にしたのも、
 営業を通じてマナブくんのお客さんが満足できるようになったのも、
 そしてこれから先、マナブくんの会社の人が活き活きするのも…
 全部マナブくん自身の力だよ」

 

ケイコさんの言葉がとても嬉しい。

「僕の力か…。

 そうだ、復帰する力といえば、ちょっと考えていることがあって…」

僕は人事になったときからボンヤリと考えていたアイディアをケイコさんに聞いてもらおうと思った。

(続く)